男女の恋愛は理論的には成り立つけど難しいと思う。同性愛は文化的で理性的だと思う。フーコーもゲイだったような。
「『あなたは男女の友情を認めるか』/ほとんどの女性たちは、この質問に対してYesと答えるはずだ。つまり彼女たちにとって、友達と恋人を区別するのは【親密度の高低】である」
なるほどと思う。いろいろ寛容ではありたいと思うが、本心としては違うのかもしれない
質問そのものは「効果的かもしれないけど安易」だと思った。/異性愛中心主義の「規範性」をスルーしているのが気になる。
注)本検査は公定法にかわるものではありません。男友達> 性別が付く友達カテゴリは存在しないんだよ。と練習問題を見て思った。
カミングアウトのリスクを減らす経験的なやり方としては理解できる.でも質問される側の揺れとか葛藤をバッサリ切り捨てられた気がしてもやもやする(ちょっと腹も立つ).世の中には淫乱か朴念仁しかおらんのかい
二丁目の下りがそのまますぎて説得力がありすぎる。
男女間の友情は存在するけど、やっかいなことにかなりの確率で発展していくと恋愛感情に変わる。
高校生の時に考えていたこと。文章化ありがとうございます/あなたは友情と性愛の接続を認めるか」。「接続しうる」とは、すなわち友情と性愛がひとつの同じ直線の上に並んでいることを意味する。
生理的な問題に対して絶望したってしょうがないし、されてもどうしようもない。
言わんとするところはうっすら理解でるんだけど、なんだか納得できない。 /友愛と性愛の差も、そこの男女差も、あるのはだだっ広いグラデーションだけで「こう答える奴はこんな奴」って決められるんだろうか。
そもそも"男と女の友情ってアリだと思いますか?"とか何の為に聞くの?
こう言っては突き放した言い方になりますが「興味深かったです」とかなんとか
“「あなたは男女の友情を認めるか」*2。この質問は、次の質問と同義である:「あなたは友情と性愛の接続を認めるか」。”友情と性愛とがべっこだから男女の友情が成り立つとみなす、のかと思ってた。
なかなか深いですね
俺もバイセクだし参考にしよう。
(言葉遊びはともかく)同性愛者の友人がいない人たちへ
読んでて何故かすがすがしかった。が、「あなたは友情と性愛の接続を認めるか」に女性がYESと答えるってところについては「そう答えはするけど伴わない人も多い気がする」ですよ
友人がゲイだとしても問題ないが、そんな人を試すような奴との友情はありえない。
感服。(自分自身はゲイではないけれど、男より女のほうが友達になれるかもと思える人が多いのはこのためなのか?)
あとできちんとかんがえよう… 今はなんともいえない…
増田の女性だけど、男性が彼女のことを「恋人候補」として見ていたとすれば「友達」を欲しがった彼女の行為はひどく残酷なものだ。この件は双方で友達関係⇔恋愛関係と行き違っていたのだから、仕方がない。
女は友達にはできないけど男が好みだったら別に恋人になるかもわからんてのはないの?恋人より友達の方が大変だ。男女どっちでも恋人にはなっても友達になれそうな女にはあったこと無い。ちゃんと読んでないのか俺は
「ゲイたちがある意味でノンケよりも厳しく好みにやかましい人種」
なるほど、確かに胸糞悪い文章だ。あるいは拙いファンタジーを読んでいるような。
うーん、なるほど、そういう観点では俺はゲイではありえないんだな。じゃあ何なんだろう
あの匿名ダイアリーの記事は「友達」という言葉で自分は悪くないと言い訳したのが批判されたと思ってた
友情と恋愛を止揚した概念があるぞ。セックスフレンド!
個人的には友情と恋愛は同一直線上というよりも、同一平面上といったほうが感覚的に近いかな。/論旨自体には割と同意で。
私はやたらと男と女を別物として扱う人、性別に重きを置きすぎてる人というのがどうも苦手。性別が違うだけで、そんなにはっきりくっきり「違うもの」になるか? ってゆー両性愛的感覚はやっぱ少数派なのかな。。
"意外と内部では淘汰と再配分のbalancing mechanismはきちんと機能しているのだ"この世の中って、単純なstereo typeで済ます事で逡巡や選別一生懸命しないで済むようにできてるのかもね。サークルや会社でこれだったら大変だ。
女性は恋愛の対象になるか否かをかなり早期に決定するともいわれてない?
もしかしたら僕がずっと疑問に思っていた「恋愛=友情+性欲」のはゲイ的な視点だったのかもしれない。しかし私は田代さやかスキーであり、ヘテロだ。
エントリ起こしても良いのかな、続きはあるのかな
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コメント
男女の恋愛は理論的には成り立つけど難しいと思う。同性愛は文化的で理性的だと思う。フーコーもゲイだったような。
「『あなたは男女の友情を認めるか』/ほとんどの女性たちは、この質問に対してYesと答えるはずだ。つまり彼女たちにとって、友達と恋人を区別するのは【親密度の高低】である」
なるほどと思う。いろいろ寛容ではありたいと思うが、本心としては違うのかもしれない
質問そのものは「効果的かもしれないけど安易」だと思った。/異性愛中心主義の「規範性」をスルーしているのが気になる。
注)本検査は公定法にかわるものではありません。男友達> 性別が付く友達カテゴリは存在しないんだよ。と練習問題を見て思った。
カミングアウトのリスクを減らす経験的なやり方としては理解できる.でも質問される側の揺れとか葛藤をバッサリ切り捨てられた気がしてもやもやする(ちょっと腹も立つ).世の中には淫乱か朴念仁しかおらんのかい
二丁目の下りがそのまますぎて説得力がありすぎる。
男女間の友情は存在するけど、やっかいなことにかなりの確率で発展していくと恋愛感情に変わる。
高校生の時に考えていたこと。文章化ありがとうございます/あなたは友情と性愛の接続を認めるか」。「接続しうる」とは、すなわち友情と性愛がひとつの同じ直線の上に並んでいることを意味する。
生理的な問題に対して絶望したってしょうがないし、されてもどうしようもない。
言わんとするところはうっすら理解でるんだけど、なんだか納得できない。 /友愛と性愛の差も、そこの男女差も、あるのはだだっ広いグラデーションだけで「こう答える奴はこんな奴」って決められるんだろうか。
そもそも"男と女の友情ってアリだと思いますか?"とか何の為に聞くの?
こう言っては突き放した言い方になりますが「興味深かったです」とかなんとか
“「あなたは男女の友情を認めるか」*2。この質問は、次の質問と同義である:「あなたは友情と性愛の接続を認めるか」。”友情と性愛とがべっこだから男女の友情が成り立つとみなす、のかと思ってた。
なかなか深いですね
俺もバイセクだし参考にしよう。
(言葉遊びはともかく)同性愛者の友人がいない人たちへ
読んでて何故かすがすがしかった。が、「あなたは友情と性愛の接続を認めるか」に女性がYESと答えるってところについては「そう答えはするけど伴わない人も多い気がする」ですよ
友人がゲイだとしても問題ないが、そんな人を試すような奴との友情はありえない。
感服。(自分自身はゲイではないけれど、男より女のほうが友達になれるかもと思える人が多いのはこのためなのか?)
あとできちんとかんがえよう… 今はなんともいえない…
増田の女性だけど、男性が彼女のことを「恋人候補」として見ていたとすれば「友達」を欲しがった彼女の行為はひどく残酷なものだ。この件は双方で友達関係⇔恋愛関係と行き違っていたのだから、仕方がない。
女は友達にはできないけど男が好みだったら別に恋人になるかもわからんてのはないの?恋人より友達の方が大変だ。男女どっちでも恋人にはなっても友達になれそうな女にはあったこと無い。ちゃんと読んでないのか俺は
「ゲイたちがある意味でノンケよりも厳しく好みにやかましい人種」
なるほど、確かに胸糞悪い文章だ。あるいは拙いファンタジーを読んでいるような。
うーん、なるほど、そういう観点では俺はゲイではありえないんだな。じゃあ何なんだろう
あの匿名ダイアリーの記事は「友達」という言葉で自分は悪くないと言い訳したのが批判されたと思ってた
友情と恋愛を止揚した概念があるぞ。セックスフレンド!
個人的には友情と恋愛は同一直線上というよりも、同一平面上といったほうが感覚的に近いかな。/論旨自体には割と同意で。
私はやたらと男と女を別物として扱う人、性別に重きを置きすぎてる人というのがどうも苦手。性別が違うだけで、そんなにはっきりくっきり「違うもの」になるか? ってゆー両性愛的感覚はやっぱ少数派なのかな。。
"意外と内部では淘汰と再配分のbalancing mechanismはきちんと機能しているのだ"この世の中って、単純なstereo typeで済ます事で逡巡や選別一生懸命しないで済むようにできてるのかもね。サークルや会社でこれだったら大変だ。
女性は恋愛の対象になるか否かをかなり早期に決定するともいわれてない?
もしかしたら僕がずっと疑問に思っていた「恋愛=友情+性欲」のはゲイ的な視点だったのかもしれない。しかし私は田代さやかスキーであり、ヘテロだ。
エントリ起こしても良いのかな、続きはあるのかな