倫理とか常識とか、そういうものが壊れることについて。
正義の名の下に、笑いながら人を殺して、そのまま葛藤なく日常に戻れる人が背負ってる正義は「強い」>葛藤なく日常に戻れるセーフティネットが強固なのでは。そこが解体されたらきっと「正義」の強さも揺らぐ。
文明の利器を手にしているだけで文明人ではないのでは・・「動画を撮影してネットにそれをアップしたり、携帯電話を使いこなして、写メールを撮ったりできる程度には「文明人」」
一箇所、PSTDになってる
なるほど。人権第一の国が戦争する矛盾がPTSDを生んでるのね。
自分の心の中で整合性が取れていれば、割に平気なんじゃないのかな。ヒト以外の動物なら平気ってのと、どこいら辺に境界があるんだろう。
ロボットアニメが流行ったのは殺人のリアルさが薄れるのと、航空戦、戦艦戦を描きたかったからかも。あまり関係ないけど。
<ああいう人達を見ると、「人は人を殺せない」なんて考えかた自体、一種の教育による後天的なものなのかなと思う。> その辺りこそが宗教なんじゃねーのかなと勝手に思ってる。/番組見ときゃ良かったな。
死刑は「祭り」「ハレ」/共産主義者の残酷さは異常
アフガン戦争のソ連の帰還兵の間でもPTSDが蔓延してたという話もあるが、戦場から帰還した兵士を社会がどう迎えるかつー問題があるよ。ベトナム帰還兵は自衛隊よりよっぽどひどい扱いを受けた訳で/その扱いの差が
今はなき『imago』の「戦争の心理学」特集号の各論考があげた参考文献の中に面白そうなものがいっぱいありまっせ/そしてCatch22問題へ
「背中を押してくれる正義」の強さみたいなパラメーターが、各々背負ってる「正義」ごとにあるような気がする
humm... / 読んでるうちにいろいろと想像しちゃって吐き気がしてきた。orz
正気と狂気は行ったり来たりできるもの、という思想があるよな。そんな境目などないということだろうが、社会の運営には境目を作ったほうが都合がいいんだろう。規律を守る人間のほうが扱いやすい
「「人間的」ってなんだろうとか」
名誉殺人『「人は人を殺せない」なんて考えかた自体、一種の教育による後天的なものなのかなと思う』『正義の力比べは、要するにお互い背負った「正義のイカレ具合」を比較しているに過ぎない』
見ました。
「正義の名の下に、笑いながら人を殺して、そのまま葛藤なく日常に戻れる人が背負ってる正義は「強い」/巧妙にデザインされた訓練が欠かせなくて、訓練を経てもなお、戦闘によるPTSD が問題になるような正義は「弱い」
誰かを「奴は人間じゃない」と見なす根拠になるのが「正義」。正義への充分な確信(狂信)があれば、訓練も距離感も不要になる。訓練や距離感に頼って、あえて狂信者製造を目指さないのは、米軍の良心だろうか?
一方、同じ番組を見ていたゆとり世代哲学科は丹念に構成しろとのたまうのであった
NHK 特集 「戦場 心の傷」 - レジデント初期研修用資料
多分僕が小学生の頃なら、ほとんど葛藤無く同級生を殴り殺していたと思う。大人が許せば全く葛藤はないと思う。それが「いじめ」だろう。自我が生まれる前、自他が未分化の時代。人間性は文化に依存すると思う。
"PTSD にかかった兵士を治療する病院"の目的が、「正常な一般市民」へ治療することでなくて、「正常な兵士」へ治療することだということに驚きました。退役した人へのフォローはまだまだ進んでないようでしたね。
イデオロギーで自分を容易にハックできれば、葛藤が少なくて済むのかしら。
「葛藤が少なそうな人」で述べられた事は、私も気になっていた。人を殺してもPTSDと無縁な兵のマインドセットは興味深い
これ、やっぱり見ときゃよかったかな。
NHK特集『戦場 心の傷』から兵士の心理を考えるの巻。アメリカみたいな他者と共存する社会と、クルドのような単一の価値観で成り立つ社会とじゃ無意識からして違うのでしょうか。
> "号令一下、誰かをバールで撲殺して、人を殺したその手を掲げて、何ら葛藤なく「戦争反対」を叫べる人達のマインドセットは、軍隊が求めている「理想的な兵士」の正解に、たぶん一番近いところにある"
この筆記者は「地獄の黙示録」を見たことが無いらしい。
”ああいう人達を見ると、「人は人を殺せない」なんて考えかた自体、一種の教育による後天的なものなのかなと思う。「人は人を殺せない」を、人類共通の資質として拡大するのは危険な気がする”
一昔前だと「戦争を正当化する正義」がゆるぎないものだった。あるいは、敵の大将の首をとれば終了。今はもう皆殺しが当たり前だったり、誰を殺せばいいかよくわからなかったり、戦争の正義が疑われて当然な時代。
葛藤なく人を殺しておいて、葛藤なく日常生活に戻れるひと←空気に適応できる勝ち組
日常と戦争状態との差異の大小、あとは自動小銃のような得物の凶悪さ辺りがトラウマの変数として重要なんかなと。特に後者が、19世紀以前の「牧歌的」戦争と現代の心理効用を分けるような。
AAがどうやってもずれてしまう
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コメント
倫理とか常識とか、そういうものが壊れることについて。
正義の名の下に、笑いながら人を殺して、そのまま葛藤なく日常に戻れる人が背負ってる正義は「強い」>葛藤なく日常に戻れるセーフティネットが強固なのでは。そこが解体されたらきっと「正義」の強さも揺らぐ。
文明の利器を手にしているだけで文明人ではないのでは・・「動画を撮影してネットにそれをアップしたり、携帯電話を使いこなして、写メールを撮ったりできる程度には「文明人」」
一箇所、PSTDになってる
なるほど。人権第一の国が戦争する矛盾がPTSDを生んでるのね。
自分の心の中で整合性が取れていれば、割に平気なんじゃないのかな。ヒト以外の動物なら平気ってのと、どこいら辺に境界があるんだろう。
ロボットアニメが流行ったのは殺人のリアルさが薄れるのと、航空戦、戦艦戦を描きたかったからかも。あまり関係ないけど。
<ああいう人達を見ると、「人は人を殺せない」なんて考えかた自体、一種の教育による後天的なものなのかなと思う。> その辺りこそが宗教なんじゃねーのかなと勝手に思ってる。/番組見ときゃ良かったな。
死刑は「祭り」「ハレ」/共産主義者の残酷さは異常
アフガン戦争のソ連の帰還兵の間でもPTSDが蔓延してたという話もあるが、戦場から帰還した兵士を社会がどう迎えるかつー問題があるよ。ベトナム帰還兵は自衛隊よりよっぽどひどい扱いを受けた訳で/その扱いの差が
今はなき『imago』の「戦争の心理学」特集号の各論考があげた参考文献の中に面白そうなものがいっぱいありまっせ/そしてCatch22問題へ
「背中を押してくれる正義」の強さみたいなパラメーターが、各々背負ってる「正義」ごとにあるような気がする
humm... / 読んでるうちにいろいろと想像しちゃって吐き気がしてきた。orz
正気と狂気は行ったり来たりできるもの、という思想があるよな。そんな境目などないということだろうが、社会の運営には境目を作ったほうが都合がいいんだろう。規律を守る人間のほうが扱いやすい
「「人間的」ってなんだろうとか」
名誉殺人『「人は人を殺せない」なんて考えかた自体、一種の教育による後天的なものなのかなと思う』『正義の力比べは、要するにお互い背負った「正義のイカレ具合」を比較しているに過ぎない』
見ました。
「正義の名の下に、笑いながら人を殺して、そのまま葛藤なく日常に戻れる人が背負ってる正義は「強い」/巧妙にデザインされた訓練が欠かせなくて、訓練を経てもなお、戦闘によるPTSD が問題になるような正義は「弱い」
誰かを「奴は人間じゃない」と見なす根拠になるのが「正義」。正義への充分な確信(狂信)があれば、訓練も距離感も不要になる。訓練や距離感に頼って、あえて狂信者製造を目指さないのは、米軍の良心だろうか?
一方、同じ番組を見ていたゆとり世代哲学科は丹念に構成しろとのたまうのであった
NHK 特集 「戦場 心の傷」 - レジデント初期研修用資料
多分僕が小学生の頃なら、ほとんど葛藤無く同級生を殴り殺していたと思う。大人が許せば全く葛藤はないと思う。それが「いじめ」だろう。自我が生まれる前、自他が未分化の時代。人間性は文化に依存すると思う。
"PTSD にかかった兵士を治療する病院"の目的が、「正常な一般市民」へ治療することでなくて、「正常な兵士」へ治療することだということに驚きました。退役した人へのフォローはまだまだ進んでないようでしたね。
イデオロギーで自分を容易にハックできれば、葛藤が少なくて済むのかしら。
「葛藤が少なそうな人」で述べられた事は、私も気になっていた。人を殺してもPTSDと無縁な兵のマインドセットは興味深い
これ、やっぱり見ときゃよかったかな。
NHK特集『戦場 心の傷』から兵士の心理を考えるの巻。アメリカみたいな他者と共存する社会と、クルドのような単一の価値観で成り立つ社会とじゃ無意識からして違うのでしょうか。
> "号令一下、誰かをバールで撲殺して、人を殺したその手を掲げて、何ら葛藤なく「戦争反対」を叫べる人達のマインドセットは、軍隊が求めている「理想的な兵士」の正解に、たぶん一番近いところにある"
この筆記者は「地獄の黙示録」を見たことが無いらしい。
”ああいう人達を見ると、「人は人を殺せない」なんて考えかた自体、一種の教育による後天的なものなのかなと思う。「人は人を殺せない」を、人類共通の資質として拡大するのは危険な気がする”
一昔前だと「戦争を正当化する正義」がゆるぎないものだった。あるいは、敵の大将の首をとれば終了。今はもう皆殺しが当たり前だったり、誰を殺せばいいかよくわからなかったり、戦争の正義が疑われて当然な時代。
葛藤なく人を殺しておいて、葛藤なく日常生活に戻れるひと←空気に適応できる勝ち組
日常と戦争状態との差異の大小、あとは自動小銃のような得物の凶悪さ辺りがトラウマの変数として重要なんかなと。特に後者が、19世紀以前の「牧歌的」戦争と現代の心理効用を分けるような。
AAがどうやってもずれてしまう