コミュニケーション
>私達が罪を犯すとき動員される言い訳は陳腐である。反省とはこうした悪あがきを散々やった極北でようやく可能になる。罪を犯した人が罪を犯した事を認める可能性に最大限に賭けたい。それは時に死刑よりも過酷な刑
コストを議論のポイントとして、死刑賛成と言ってる人は、被告にかけるコストは無駄にしかならない、という前提で言ってる場合が多い気がした。
『反省とは、罪を認めるとは、こうした悪あがきを散々やって、その極北でようやく可能になること』同感/しかし制度が「その時」を前提に構築されるべきとも思えない。私には、他者の内心への過干渉のほうが疎ましい
世界観を肯定するための自己欺瞞の構造について
世界中を敵にまわしても私は死刑制度に反対だ。理想論を語るべき場の存在こそが、人間と他の生き物をわける。誰も己の死を語れない。ゆえにどんな死も、実務でアプローチする弊害の方が、理想論のそれを上まわるのだ
正直、直接被告と接見したわけでもなく断片的な情報から推測することに疑問を感じるのだけど、「荒唐無稽」で切り捨てるよりよっぽどマシ。 / ↓一審第四回公判の時点では殺意を否認していた。
それにしたって9年は長すぎ
法は行為しか規定できない。その法でもって裁くなら、現状、対象は行為になるしかないのだろう。どうして人が人を裁けようか。死刑は好ましくない。ではどうすべきかという時点で、人類はずっと行き詰まり。
“彼は、自分がしたことは認めても、それが罪であるということを認めたくないのだ” それこそが被害者と遺族、社会に対する冒涜であり、贖罪が要求される理由になるのでは。この事件に関しては、死刑に賛成。
18才30日で実際2人殺してるんだし終身刑がないから別にこの判決でいいんじゃないの?永山基準拡大の方向で。殺害数4人じゃなくても。
純粋に疑問なんだけど、一体いつから「死刑の是非」が論点になったんだろう?/今回の問題の肝って「18歳」という年齢によって量刑が左右されることの是非にあって、まずそこに結論を出すのが先じゃないのかな。
なんか、mojimojiさんらしくないエントリ…/死刑を認めるか認めないかって、もう、法理論とか合理的な問題ではなく、こういう次元の話になるっていう示唆なら了解する/共感とかは無い
もし犯人が更生したとして、自宅の隣にそいつが住んでいる状況は、考えたくない。死刑は行き過ぎかも知れないけど、無期懲役では軽すぎという感じ。そろそろ本格的に終身刑を考えた方が良いんでは無いだろうか?
判事による更正可能性の判定には何か裏打ちがあるのだろうか。その辺が曖昧だよなぁ。
『暴力的に屈服させたい、という欲望そのものが、僕にはまったく合理的なものに感じられない』『ある一点を必死で守ろうとする。「自分は悪くない」という、その一点を。』
嘘→本音という分析は鋭い。ただそれと死刑か否かとは別問題ではある。
概ね同意。傷害致死という真実を法廷で認めてこそ本当の反省。計画殺人という嘘の自供&反省による死刑回避を選ばず、傷害致死という事実を認め本心からの反省を少年は選択した。そこに情状酌量の余地がある。
光市事件とやらが何なのかいまだに知らないけど、それはそれとして実に読ませるなぁ。娯楽小説作家のほうが向いてるんじゃないのか
大変センチメンタルな意見。こういう意見も必要だとは思う。今回の件、問われているのは(近代法治とは馴染まない)情状酌量という制度そのものの不可能性だと私は考えています
自己欺瞞を打ち砕かれるのが反省への第一歩なら彼はその第一歩を踏み出したのかもしれないという話。/でもそれは死刑に反対する理由になるのかな。
↓小学生の時シューアイス1個万引きして捕まったけど、そこから100%更正したかというと、そんな自信はない/電波少年みたいに24時間○○年衆目環境に晒す刑とかあればいいのに
今まで読んだ死刑反対派意見の中では一番納得出来る内容
興味深い
認知的不協和の極端な現れってことかな。説得力のある推測だと思う。ただ自分はあのような犯罪を前に、真実や更正にあまり興味を持てないけど。
被告の真実の心を追求するために生かしとけというのはナンセンス。あと死刑が確定して初めて自分の罪と向き合うやつもいる。
「罪を犯した人が罪を犯したことを認める可能性に、最大限に賭け」るためには終身刑が必要。ろくに内省もせずに20年ぐらいで出所→再犯する人間が後を絶たない現状、死刑をなくすなら終身刑を設置しなければならない
殺された人の無念を無視し遺族に神のような寛容さを求めるなら、私達一人一人そして社会全体が加害者の犯した罪を背負い遺族や殺された人達に対して償うべきではないでしょうか?死刑廃止論者にはこういう意見を望む
よく分からんけど、あんな犯罪を行った人間は死ぬべき。
だからどうした。理由がどうあれ、そもそも、こんな人間を社会的にコストをかけて生かしておく意味が無い。別な新しい命を育て、生かすコストに転化すべき。
なるほどと思うけど、ここまで考えて犯行に及んだとはとても考えられない。
被告人供述についての、一つの説得力ある解釈
今必要なのはこのような文学的想像力/ 更正しないのは周りがどうせ更正しないと考えてるからでもある。自ら更正しない原因を作っておいて「更正しないものだ」とは。更正した人は無名を望むから例は表にでてこない。
『犯した人が罪を犯したことを認める可能性に、最大限に賭けたいと思うからだ。それは時に、死刑よりも過酷な刑でありうるのではないか、と思いつつも。』
とても疑問な点。あの主張が被告の本心であり、虚偽で無かった場合は情状酌量されるのか?/これ死刑相当なんだけど、慎重を期して差し戻し。で、あれが出てきたと思うんだけど。
国民の大多数が死刑にすべきと思う犯罪者が許されるようなことがあれば、民衆の間で復讐が横行し治安が乱れる。よって死刑には賛成。
ドラえもん云々の主張は一審からしてほしかったですね。刑法第39条狙いで。そしたら全く違った展開になっていたのに。
全ての死刑判決に100%冤罪はないと断言できるのなら死刑があっても良い。断言できないなら懲役300年とか終身刑を作るべきなんじゃないかなあ。当事者や遺族でもない人々がネットで死刑GJとか言い立てる状況は恐ろしい。
今回の被告はコンクリ殺人犯ではありません。 犯罪者は100%更生しないって何事だおい。 一人でも殺したら死刑みたいな極論を生むこの流れが恐ろしい。/自分が人を裁けると思える人ってこんなに多いの? マジで?
単純に考えてみよう。「人を殺した。それは償うことができるのか?」人の死は取り返しがつかない。取り返しがつかない以上、他の償いで代替しなければならない。代替できなければ、自分も同じ目に会う。
「死刑より過酷な刑がある」と主張する人はいるけれど、その納得できる具体例は聞いたことがない。刑務所の中だって、生きてりゃ幸福を感じることだってあるはず。「未来を奪う」ことの等価は、「死」しかないのでは
良い考察。考慮すべき案件/しかしこれほど死刑賛成派の自己正当化が稚拙だとはなぁ/100%更正した状態ってなんだろう。笑える。絶対にないといえる根拠は?女子高生コンクリ詰事件の実行犯と被告に関係なんてあるの?
日本軍の犯した犯罪を荒唐無稽な主張で認めようとせず、被害を訴える人達を悪し様に罵る連中もたくさんいるけどな。今回 死刑を声高に叫んだ人達がそういう連中と重なっているとしたらお笑いだ。
犯罪を犯した全ての人間が100%更生する事はどんな犯罪でも現実ありえません。今回の件は、被告を一生拷問にかけ続けるくらいの刑であれば、死刑じゃなくても良いと思う。反省すればいいということでもないしね。
> 常識的に、彼の主張に接しての第一印象がそういうものになるだろうことは理解できる。しかし、このような当たり前の直感みたいなもので人を裁くなどということがあってはならない。これは真剣に考えるべきポイント
日本も終身刑さえあれば死刑にしなくてもいいのだけど
OK,彼は12歳で精神的成長を止めてしまったが、その時点で彼の精神年齢は6歳だった、と思う事にしよう。
「僕の想像と同程度に想像に過ぎない」とか馬鹿な事言うなよ。死姦は死者を生き返らせる為の儀式というもっともアレな主張について、ネグるなよ。
mojimojiさん、ひょっとして隠れサルトラーかも。。。ただやっぱしこれも可能性の一つであって、判断能力が本当の本当にゼロだったというのもまた可能性としてあると思う。どっちにせよ死刑には反対。
《私たちは、その荒唐無稽な言い訳を、普段は胸の奥にしまって、具体的な検討をしないようにしている。自己欺瞞は、秘されることによって、自己欺瞞として完成する。》
被告の育ちがどうとかという問題じゃない。18歳で死姦し、それを手紙に「おもしろおかしく」書くような奴が、普通に更生できるタマとは思えない。女子高生強姦コンクリ詰め殺人の実行犯らは、釈放後も再犯している。
「「死刑を免れるために意図的に嘘をつく」という類の解釈が前提する合理性、そのような合理性を被告人に見ることは、僕はまったく的を外しているように思うし、さらに言えば非論理的だとも思う。」
『自己欺瞞は、秘されることによって、自己欺瞞として完成する。』
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>私達が罪を犯すとき動員される言い訳は陳腐である。反省とはこうした悪あがきを散々やった極北でようやく可能になる。罪を犯した人が罪を犯した事を認める可能性に最大限に賭けたい。それは時に死刑よりも過酷な刑
コストを議論のポイントとして、死刑賛成と言ってる人は、被告にかけるコストは無駄にしかならない、という前提で言ってる場合が多い気がした。
『反省とは、罪を認めるとは、こうした悪あがきを散々やって、その極北でようやく可能になること』同感/しかし制度が「その時」を前提に構築されるべきとも思えない。私には、他者の内心への過干渉のほうが疎ましい
世界観を肯定するための自己欺瞞の構造について
世界中を敵にまわしても私は死刑制度に反対だ。理想論を語るべき場の存在こそが、人間と他の生き物をわける。誰も己の死を語れない。ゆえにどんな死も、実務でアプローチする弊害の方が、理想論のそれを上まわるのだ
正直、直接被告と接見したわけでもなく断片的な情報から推測することに疑問を感じるのだけど、「荒唐無稽」で切り捨てるよりよっぽどマシ。 / ↓一審第四回公判の時点では殺意を否認していた。
それにしたって9年は長すぎ
法は行為しか規定できない。その法でもって裁くなら、現状、対象は行為になるしかないのだろう。どうして人が人を裁けようか。死刑は好ましくない。ではどうすべきかという時点で、人類はずっと行き詰まり。
“彼は、自分がしたことは認めても、それが罪であるということを認めたくないのだ” それこそが被害者と遺族、社会に対する冒涜であり、贖罪が要求される理由になるのでは。この事件に関しては、死刑に賛成。
18才30日で実際2人殺してるんだし終身刑がないから別にこの判決でいいんじゃないの?永山基準拡大の方向で。殺害数4人じゃなくても。
純粋に疑問なんだけど、一体いつから「死刑の是非」が論点になったんだろう?/今回の問題の肝って「18歳」という年齢によって量刑が左右されることの是非にあって、まずそこに結論を出すのが先じゃないのかな。
なんか、mojimojiさんらしくないエントリ…/死刑を認めるか認めないかって、もう、法理論とか合理的な問題ではなく、こういう次元の話になるっていう示唆なら了解する/共感とかは無い
もし犯人が更生したとして、自宅の隣にそいつが住んでいる状況は、考えたくない。死刑は行き過ぎかも知れないけど、無期懲役では軽すぎという感じ。そろそろ本格的に終身刑を考えた方が良いんでは無いだろうか?
判事による更正可能性の判定には何か裏打ちがあるのだろうか。その辺が曖昧だよなぁ。
『暴力的に屈服させたい、という欲望そのものが、僕にはまったく合理的なものに感じられない』『ある一点を必死で守ろうとする。「自分は悪くない」という、その一点を。』
嘘→本音という分析は鋭い。ただそれと死刑か否かとは別問題ではある。
概ね同意。傷害致死という真実を法廷で認めてこそ本当の反省。計画殺人という嘘の自供&反省による死刑回避を選ばず、傷害致死という事実を認め本心からの反省を少年は選択した。そこに情状酌量の余地がある。
光市事件とやらが何なのかいまだに知らないけど、それはそれとして実に読ませるなぁ。娯楽小説作家のほうが向いてるんじゃないのか
大変センチメンタルな意見。こういう意見も必要だとは思う。今回の件、問われているのは(近代法治とは馴染まない)情状酌量という制度そのものの不可能性だと私は考えています
自己欺瞞を打ち砕かれるのが反省への第一歩なら彼はその第一歩を踏み出したのかもしれないという話。/でもそれは死刑に反対する理由になるのかな。
↓小学生の時シューアイス1個万引きして捕まったけど、そこから100%更正したかというと、そんな自信はない/電波少年みたいに24時間○○年衆目環境に晒す刑とかあればいいのに
今まで読んだ死刑反対派意見の中では一番納得出来る内容
興味深い
認知的不協和の極端な現れってことかな。説得力のある推測だと思う。ただ自分はあのような犯罪を前に、真実や更正にあまり興味を持てないけど。
被告の真実の心を追求するために生かしとけというのはナンセンス。あと死刑が確定して初めて自分の罪と向き合うやつもいる。
「罪を犯した人が罪を犯したことを認める可能性に、最大限に賭け」るためには終身刑が必要。ろくに内省もせずに20年ぐらいで出所→再犯する人間が後を絶たない現状、死刑をなくすなら終身刑を設置しなければならない
殺された人の無念を無視し遺族に神のような寛容さを求めるなら、私達一人一人そして社会全体が加害者の犯した罪を背負い遺族や殺された人達に対して償うべきではないでしょうか?死刑廃止論者にはこういう意見を望む
よく分からんけど、あんな犯罪を行った人間は死ぬべき。
だからどうした。理由がどうあれ、そもそも、こんな人間を社会的にコストをかけて生かしておく意味が無い。別な新しい命を育て、生かすコストに転化すべき。
なるほどと思うけど、ここまで考えて犯行に及んだとはとても考えられない。
被告人供述についての、一つの説得力ある解釈
今必要なのはこのような文学的想像力/ 更正しないのは周りがどうせ更正しないと考えてるからでもある。自ら更正しない原因を作っておいて「更正しないものだ」とは。更正した人は無名を望むから例は表にでてこない。
『犯した人が罪を犯したことを認める可能性に、最大限に賭けたいと思うからだ。それは時に、死刑よりも過酷な刑でありうるのではないか、と思いつつも。』
とても疑問な点。あの主張が被告の本心であり、虚偽で無かった場合は情状酌量されるのか?/これ死刑相当なんだけど、慎重を期して差し戻し。で、あれが出てきたと思うんだけど。
国民の大多数が死刑にすべきと思う犯罪者が許されるようなことがあれば、民衆の間で復讐が横行し治安が乱れる。よって死刑には賛成。
ドラえもん云々の主張は一審からしてほしかったですね。刑法第39条狙いで。そしたら全く違った展開になっていたのに。
全ての死刑判決に100%冤罪はないと断言できるのなら死刑があっても良い。断言できないなら懲役300年とか終身刑を作るべきなんじゃないかなあ。当事者や遺族でもない人々がネットで死刑GJとか言い立てる状況は恐ろしい。
今回の被告はコンクリ殺人犯ではありません。 犯罪者は100%更生しないって何事だおい。 一人でも殺したら死刑みたいな極論を生むこの流れが恐ろしい。/自分が人を裁けると思える人ってこんなに多いの? マジで?
単純に考えてみよう。「人を殺した。それは償うことができるのか?」人の死は取り返しがつかない。取り返しがつかない以上、他の償いで代替しなければならない。代替できなければ、自分も同じ目に会う。
「死刑より過酷な刑がある」と主張する人はいるけれど、その納得できる具体例は聞いたことがない。刑務所の中だって、生きてりゃ幸福を感じることだってあるはず。「未来を奪う」ことの等価は、「死」しかないのでは
良い考察。考慮すべき案件/しかしこれほど死刑賛成派の自己正当化が稚拙だとはなぁ/100%更正した状態ってなんだろう。笑える。絶対にないといえる根拠は?女子高生コンクリ詰事件の実行犯と被告に関係なんてあるの?
日本軍の犯した犯罪を荒唐無稽な主張で認めようとせず、被害を訴える人達を悪し様に罵る連中もたくさんいるけどな。今回 死刑を声高に叫んだ人達がそういう連中と重なっているとしたらお笑いだ。
犯罪を犯した全ての人間が100%更生する事はどんな犯罪でも現実ありえません。今回の件は、被告を一生拷問にかけ続けるくらいの刑であれば、死刑じゃなくても良いと思う。反省すればいいということでもないしね。
> 常識的に、彼の主張に接しての第一印象がそういうものになるだろうことは理解できる。しかし、このような当たり前の直感みたいなもので人を裁くなどということがあってはならない。これは真剣に考えるべきポイント
日本も終身刑さえあれば死刑にしなくてもいいのだけど
OK,彼は12歳で精神的成長を止めてしまったが、その時点で彼の精神年齢は6歳だった、と思う事にしよう。
「僕の想像と同程度に想像に過ぎない」とか馬鹿な事言うなよ。死姦は死者を生き返らせる為の儀式というもっともアレな主張について、ネグるなよ。
mojimojiさん、ひょっとして隠れサルトラーかも。。。ただやっぱしこれも可能性の一つであって、判断能力が本当の本当にゼロだったというのもまた可能性としてあると思う。どっちにせよ死刑には反対。
《私たちは、その荒唐無稽な言い訳を、普段は胸の奥にしまって、具体的な検討をしないようにしている。自己欺瞞は、秘されることによって、自己欺瞞として完成する。》
被告の育ちがどうとかという問題じゃない。18歳で死姦し、それを手紙に「おもしろおかしく」書くような奴が、普通に更生できるタマとは思えない。女子高生強姦コンクリ詰め殺人の実行犯らは、釈放後も再犯している。
「「死刑を免れるために意図的に嘘をつく」という類の解釈が前提する合理性、そのような合理性を被告人に見ることは、僕はまったく的を外しているように思うし、さらに言えば非論理的だとも思う。」
『自己欺瞞は、秘されることによって、自己欺瞞として完成する。』