hito
「この世間で好きな仕事をしようと思ったら、必要なことはするしかないが、義理は欠くしかないということである。」
養老孟司 追悼文 河合隼雄
「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」
この世間は本当にもったいない人の使い方をする。
色々感じる
人の死と、人間関係。他人は自分ではない。あるいは自分も自分ではなくなるということ。自分の願いと他人からの期待。+何もしないくせに自分と関わりのないマクロを不安だと批難する。
一昔前なら「そうなのかな」と期待しつつ同意していただろう。40過ぎたいまでは「そういうこともあるよね」と静かに理解できる
・・・。
義理を犠牲にしないといけないと、感じないヤツは義理を人に押し付けている側だからだと思う。
実感が理論の飛躍を埋めるのはともかくとしてコメント欄の荒れようもちょっとおかしかった。
良くも悪くもエンジニア思考
探していたものがここにはあった
河合先生の意志決定とか「臨床心理士のドンの一人」として長官職に就く意義とか、そういうのに敬意も払わない文章のように見えて当惑した。/貴方にとって意味薄な選択が、河合先生にとって意味薄な選択とは限らず。
日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いた
うんそう、わたしは「義理人情はどうでもいいや」って思った。馬鹿な人間だ。軽くではなく重くだが。それとついでに若者ではないが。
「シリコンバレーに移住した理由の一つに「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いたから、というのがあった」
社会と納税者に支えられて来た学者にとって義理を果たす事は義務の一部。文士とは違う。
blog
「義理」を感じる人間と、あまりそうでない人間が顕在化/混在/極化してるから。周りが適度に義理を感じる人ばかりなら、適当でない仕事はその人に回らないよう極力計らうはず。要は義理文化崩壊。
様々なしがらみに影響されないためには、悪い人になるのも必要な事かもしれませんね。
さまざまなしがらみの中で増えていく「義理の連鎖」に莫大な時間を割きながら、自分がやりたいことを実現するための「体力」が、僕には決定的に不足している
まぁなんつーか、形式に拘って余計な時間を割くってのは、無駄だよね。ぐらいには共感する。
己の為に時間を使うと言う事。義理堅い人間ほどの決意。
『司馬遼太郎は「坂の上の雲」を書いている間、おそらく十年間ほど、大阪の街を顔を上げて歩けなかったと書いていた。一切の義理をその間、無視したからである。』
これは私もすごく共感するところがある
「義理」に代入すべき内容が不明。私の考える「義理」と彼の方々が考える「義理」は同じなのか異なるのか。
養老孟司による河合隼雄追悼コラムについて。「義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」
インターネットなんかに時間を費やすより古墳の方がまだましだよなぁ。
『新潮』9月号 養老孟司「追悼河合隼雄 取り返しはつかない」について。全身全霊で取り組むべき仕事と、「義理」について。
「大切な時間はとりもどせない」
まあ河合さんもセネカの『人生の短さについて』くらい読んだことあるだろうしその上での生き方だったんだろうけど。/「表面だけ薄っぺらく真似する若者」:オレの事かよ!
僕が日本を離れてシリコンバレーに移住した理由の一つに「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いたから、というのがあった。さまざまなしがらみ
コメント欄が釣りすぎるクマー
life
そうまでしてやるべき役割を持っている人は居ると思った
コメ欄が依存的。義理と人情は違うだろ。義理で動くほうが馬鹿
誰にでもできる仕事しかできない人と、その人にしかできない仕事のある人。自分はどうなるんだか。
自由 わがまま
河合隼雄追悼文。「河合さんのように滅多にない才能をバカな仕事に使いやがって。ついそんな気がしてしまう。」と。
僕が日本を離れてシリコンバレーに移住した理由の一つに「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いたから、というのがあった。
これは連帯保証人制度は不要という話と似ている気がする。http://www.chikawatanabe.com/blog/2007/08/post-5.html
本当に義理文化はやっかいで困る..。
「この世間で好きな仕事をしようと思ったら、必要なことはするしかないが、義理は欠くしかない。司馬遼太郎は「坂の上の雲」を書いている間、おそらく十年間ほど、大阪の街を顔を上げて歩けなかったと書いていた」
本人にしか分からない覚悟や決断があったはずで、義理とかそういう言葉で単純化するのは違うんじゃないか。
義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく
一理
なんか切なくなった。なんでだろ。
好きなことをするには義理を欠くしかない…だけを切り取ると「義理イラネ」論になりそう。
”新潮9月号”義理かあ。自分はあんまり負担に思ったことないけど、やりたいことある人はそっち優先してもらったほうがいいよな。
みんなで中島義道! 人間関係の政治や気遣いは一番脳のリソースを食うもんね。金も時間もかかるし。ただ、世間がそれを許してくれるのは、ほんとうに、ほんとうに・・・。だから決してライフハックじゃないよ。
日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく
河合隼雄
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hito
「この世間で好きな仕事をしようと思ったら、必要なことはするしかないが、義理は欠くしかないということである。」
養老孟司 追悼文 河合隼雄
「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」
この世間は本当にもったいない人の使い方をする。
色々感じる
人の死と、人間関係。他人は自分ではない。あるいは自分も自分ではなくなるということ。自分の願いと他人からの期待。+何もしないくせに自分と関わりのないマクロを不安だと批難する。
一昔前なら「そうなのかな」と期待しつつ同意していただろう。40過ぎたいまでは「そういうこともあるよね」と静かに理解できる
・・・。
義理を犠牲にしないといけないと、感じないヤツは義理を人に押し付けている側だからだと思う。
実感が理論の飛躍を埋めるのはともかくとしてコメント欄の荒れようもちょっとおかしかった。
良くも悪くもエンジニア思考
探していたものがここにはあった
「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」
河合先生の意志決定とか「臨床心理士のドンの一人」として長官職に就く意義とか、そういうのに敬意も払わない文章のように見えて当惑した。/貴方にとって意味薄な選択が、河合先生にとって意味薄な選択とは限らず。
日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いた
うんそう、わたしは「義理人情はどうでもいいや」って思った。馬鹿な人間だ。軽くではなく重くだが。それとついでに若者ではないが。
「シリコンバレーに移住した理由の一つに「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いたから、というのがあった」
社会と納税者に支えられて来た学者にとって義理を果たす事は義務の一部。文士とは違う。
blog
「義理」を感じる人間と、あまりそうでない人間が顕在化/混在/極化してるから。周りが適度に義理を感じる人ばかりなら、適当でない仕事はその人に回らないよう極力計らうはず。要は義理文化崩壊。
様々なしがらみに影響されないためには、悪い人になるのも必要な事かもしれませんね。
さまざまなしがらみの中で増えていく「義理の連鎖」に莫大な時間を割きながら、自分がやりたいことを実現するための「体力」が、僕には決定的に不足している
まぁなんつーか、形式に拘って余計な時間を割くってのは、無駄だよね。ぐらいには共感する。
己の為に時間を使うと言う事。義理堅い人間ほどの決意。
『司馬遼太郎は「坂の上の雲」を書いている間、おそらく十年間ほど、大阪の街を顔を上げて歩けなかったと書いていた。一切の義理をその間、無視したからである。』
これは私もすごく共感するところがある
「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」
「義理」に代入すべき内容が不明。私の考える「義理」と彼の方々が考える「義理」は同じなのか異なるのか。
養老孟司による河合隼雄追悼コラムについて。「義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」
インターネットなんかに時間を費やすより古墳の方がまだましだよなぁ。
『新潮』9月号 養老孟司「追悼河合隼雄 取り返しはつかない」について。全身全霊で取り組むべき仕事と、「義理」について。
「大切な時間はとりもどせない」
まあ河合さんもセネカの『人生の短さについて』くらい読んだことあるだろうしその上での生き方だったんだろうけど。/「表面だけ薄っぺらく真似する若者」:オレの事かよ!
僕が日本を離れてシリコンバレーに移住した理由の一つに「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いたから、というのがあった。さまざまなしがらみ
コメント欄が釣りすぎるクマー
life
そうまでしてやるべき役割を持っている人は居ると思った
コメ欄が依存的。義理と人情は違うだろ。義理で動くほうが馬鹿
誰にでもできる仕事しかできない人と、その人にしかできない仕事のある人。自分はどうなるんだか。
自由 わがまま
河合隼雄追悼文。「河合さんのように滅多にない才能をバカな仕事に使いやがって。ついそんな気がしてしまう。」と。
僕が日本を離れてシリコンバレーに移住した理由の一つに「日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく」と強い危機感を抱いたから、というのがあった。
これは連帯保証人制度は不要という話と似ている気がする。http://www.chikawatanabe.com/blog/2007/08/post-5.html
本当に義理文化はやっかいで困る..。
「この世間で好きな仕事をしようと思ったら、必要なことはするしかないが、義理は欠くしかない。司馬遼太郎は「坂の上の雲」を書いている間、おそらく十年間ほど、大阪の街を顔を上げて歩けなかったと書いていた」
本人にしか分からない覚悟や決断があったはずで、義理とかそういう言葉で単純化するのは違うんじゃないか。
義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく
一理
なんか切なくなった。なんでだろ。
好きなことをするには義理を欠くしかない…だけを切り取ると「義理イラネ」論になりそう。
”新潮9月号”義理かあ。自分はあんまり負担に思ったことないけど、やりたいことある人はそっち優先してもらったほうがいいよな。
みんなで中島義道! 人間関係の政治や気遣いは一番脳のリソースを食うもんね。金も時間もかかるし。ただ、世間がそれを許してくれるのは、ほんとうに、ほんとうに・・・。だから決してライフハックじゃないよ。
日本に住んでいると、義理を果たすためだけに、自分の大切な時間が無制限に失われていく
河合隼雄