話としてはこの記事の流れ。 (過去記事)[http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080425/p2:title] オレはネットとリアルを分けてないんだけど、そのせいでこの言葉がよくわからん。 リア充 なんじゃいな、これ。 [http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%85%85:title] [http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%EA%A5%A2%BD%BC:title] ネト充は自 ... 続きを読む
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コメント
コミュニケーション
「めくるめく楽しい大学生活と現実とのギャップに苦しむ惨めな自分の気持ち」をネットに吐露するとき、←の様な心情を抱かせてやまぬ憎むべき「幸せな連中」を対象化するためのコトバが必要だった。
ネト充=ネト中
そのとおりだわ
言葉の使われ方をあまり調べずにシャドウボクシングしてるっぽいな。大学生板住人は本気かもしれないが、Twitterとかはネタで使っている人ばかりだろう
卑下すんのはネタでしょもう 卑下ネタ芸人に卑下しなくていいんだよっていうのはお前のネタつまんねーよって言ってるのと同じじゃね?
ネト充リア充の「充」の定義は何だろう?他人と楽しく遊ぶという定義なら私は全く「充」ではないが自分的には充分楽しい
ブコメで指摘があるけど、確かに「手段が目的化」という文脈でオタク問題と通底する話。/言いたい事は分かりますが、例えば競馬なら、ネット中継で見るか女連れで競馬場で見るかは、個人的には大きな違いに思える。
あ、これ俺もそう思ってた。ネト充=リア充/だって俺どっちも充実してないもん・・・アハハハハハ
社会は少数を駆逐する
これは新しい
ミもフタもなくて悪いけど、個人的経験談としては、リア充になってからは見事にネト充ではなくなりました。なぜって、物理的に困難だからです。本業にも精力的なαとか、もはや人間じゃないとおもいます
>ネットとリアルに差がないオレの解釈だと、生活の一部であるネット生活が充実しているならば、それより大きな概念である生活一般も充実しているはずだと。手段は目的じゃないぞ。ある種、オタクと同じ議論だと思う
たしかにネット∈リアルなのだが、唾棄すべきあちら側の人間を認識するために「リア充」という言葉は便利だと思う。
「ネットとリアルに差がないオレ」
一言で言うと「ただの言葉遊び」だろjk
エヴァ好きと盆栽好き。どっちが上品で、どっちが下品なんてないでしょ。趣味は趣味。娯楽は娯楽。ホビーはホビー。本来そこに差をつける感覚が下品なんだよね。クラシックが上品な音楽だなんて、誰が決めたのさ。
でもリア充の要素って動物の最大の目的である子孫繁栄につながりやすいと思うんだよね(コンパ、サークル、恋愛等)。そういう動物の生きてる意味という広い目線で見ると、リア充の方が存在価値はあるよね。
この手の話題は大好きです。
リアルで充実できないのでネットを始めたタイプは、どれだけネットの活動が充実しても、リア充にコンプレックスを抱き続けがち。ほんとはもう劣等感を抱かなくてよくなってるんじゃね?という呼びかけとして読んだ
“充実することが大事で、方法に良いも悪いもないんだって。”
何故ハロプロ好きは「オタ」で、クラシック好きが「マニア」なのか。どうしてモンスターハンター好きが「オタ」で、将棋好きが「マニア」なのか。
いやまあ、そうなんだけどさ。それじゃ世間様が許してくれないの
「隣の畳は青い」タタミ?
逆に言うと、リアルの知り合いとネットでも仲良かったり、ネットの知り合いとリアルでも仲良かったりするのはすべて「リア充」に分類されると考えれば・・・
わたし達のリアル(笑)を言い出してその「リアル」を元にリア充を決めるんだとしたらそうなのかもしれないね。/わからんって書いてるけどwikipediaの内容まんまでネットとリアルを分けただけでは。
そもそも「リアル」って、「虚」を前提とした言葉のような気が。ゲームとかネットとか物語とか思考とか思い出とかの虚の中ではそれを見い出せるけど、現今で接している現実で見たり感じたりはできないんじゃ、的な
激しく同意だけどネット充とリア充の定義が曖昧だから議論は平行線になると思う
確かにそうなんだけど、だけど世の中の偏見はなくならない。
ちょいと考えてみたい。/優劣はないけど、違いはあると思う。少なくても僕は自分をネト充だと思ってるけどリア充とは思わない。/隣の芝は青い。そう見えるんじゃなく、事実そうじゃないかと思えることもよくあるし。
なんだろね、「ネットもやっている」か「ネットしかやることがない」ぐらいの違いなんですかね。
心を無視した議論は無意味。心がワクワク、ドキドキしていれば別にネットだろうがリアルだろうが幸せで区別する意味は無い。しかし、ネト充は心が縮退し、画面脳に陥り、人間とは違うものになっている。
ネト充はリア充のバリエーションでしょう。
"本来そこに差をつける感覚が下品なんだよね。" さっきブクマした「上品はフェチの一種」だっていう増田と正に同じことを書かれてますね。
よく考えてみたらネト充ですらなかった。Blog半年以上ほっといてるし、最後にニコニコにアップしてから3ヶ月経ってる。
違うね。リア充はネットなんてやる必要がないぐらいいろいろ充実してる。↓にkat222さんが書いているように「実際にチンコをマ○コにぶち込むことは出来ません」であるから、リア充>>>>>>超えられない壁>>>>>>ネト充
納得。ネットで円滑に交流できる人は、リアルが想像しやすい。妙に痛々しかったり、罵倒で自分を隠している人は、リアルが見えにくい。ただ、オフで空気な人がオンで揉め事の中心という構図もある。興味深い考察。
「ご趣味は?」「ロリペドスカトロを少々」
[system:unfiled]俺は友達付き合いはネット中心。ネット以前からの友達もチャットで連絡取ってたりする。だから俺もネットとリアルわける意味を感じないな
内容には同意しますけど、世の中はそうは思わない人が大半のようです。
いくらネットでもてはやされても、実際にチンコをマ○コにぶち込むことは出来ません。そういうことなんじゃないでしょうか。
世の中の多くがロード・タケルンバさんのような人ばかりならなあ、というお話(´・ω・`)マロニー
違う気がするねえ。違うんじゃねーの、やっぱり。考える。
そんな気がしてきた
分けるんならネガ充、ポジ充じゃないか /ネガネト充、ポジネト充、ネガリア充、ポジリア充
99%近く同感だなあ。でも100%同意するほど、強い人間はいないと思う。自分ちゅうもんがあれば、そんなの関係ないっていいたいんだろうというのは分かる。
id:isikaribetu07氏のコメで気付いた。「隣の芝生は青い」ですよねえ。訂正します。