これはひどい
ちょwww
これはないわー。「命の大切さを教えるため」と言う目標を達成する手段がこれなの?なんで?結局食うんでしょ?なんかフーゾク嬢に説教するオッサンみたいな違和感があるけど上手く言語化できない。
「普段食べている肉は大切な命だということを教えたい」
幼少のころ映画の『ジョーズ』に甚大なショックを受け、以後、イラクの首切り動画含め三次元の人死映像が大好きになった。/id:opochi 書き直し。一般則として、こういう体験に拒絶反応を示した子は、どう扱われるべき?
命や食べ物の大切さを教えるのに、動物の命をわざわざ奪わなきゃ教えられないのか。ということをふと考えた。・合鴨農法を否定するわけではないが。
俺の祖母が鶏肉を食べなかった理由は「かわいがってたヒヨコが鶏になった後に食べるはめになったから」と言ってたんだが…。大丈夫だろうか。
これは・・・
片桐さんドS
園児に絞めさせたりして目覚めたりしない?
いや、片桐さんまったく正しいんだが、なんか笑ってしまうのはなぜだ。世の中にはこういうおじさんもいるって事も学べて一石二鳥?
いや、鶏肉に関しては幼少期に首無し鶏が走るの見たショックで鳥が食えなくなった年配者を何人も知っているから。食肉の罪を体感することを「絶対視」「神聖視」する必要は無いと思う。世代論ももちろん関係ない。
6歳。。。。。。
園児「お前は今まで食べたアイガモの羽数を覚えているのか?」
「時期が難しい」という意見には賛同できるが、最近の子供の食に対する精神の未熟振りを見るに、早くても問題ないかも、とは思う。
それこそ子供の頃から活き作りの刺身を食いまくってきたけど、それがきっかけで「命」について深く考えたことはないなぁ。「新鮮なものは美味い」というのはよく分かったけど。
片桐氏の発言が倒錯しててキモい。自分の下らない思いつきで消費される命を「大切な命」はないだろ。食べ物の大切さって人間の労働が絡んでるからではないの?
コレは泣くだろ園児
便器掃除研修と同じような自己満足っぽさを感じてしまう。この手の教育方法の効果に関する研究とか調査ってないのかな
娘が通う保育園で始めたら普通にヤダ、これ。利用するだけ利用して、最後はおいしくいただきます、って捉え方によっては、食とか命とかじゃなくなってくるだろ。
うーーん。悪い教育ではないと思うのだがやはり園児にはまだ理解できないのでは。
自分が食ってる肉は誰がそだててどうなって皿にのってだけでなく・・・「なぜ自分は生きられるのか」を知るため。
「トラウマ←→教育」閾値理論
id:Louisさん 痛ニュのエントリって所謂「優越感ゲーム」のオススメ素材の案内所みたいな感じで、割と軸のようなものは無い様な気はしています。思想的には案外どうでもいいというか、人が沢山来るネタならいいというか
カワイイ生き物をオイシクいただく。そのギャップを経験させる。別に悪くないと思う。
子供ってのは意外と残虐シーンも平気なもんだよ。自分の食事がどこから来ているのか理解するためにはいいんじゃない?
このぐらいの年齢の子供がこの鴨が食べ物になると理解できるのかな…?まあ、捕まえたりしめたりしてる所とか見せなきゃ平気なんかな。
「生きるために殺すこと」だけでなく、「『生きるために殺すこと』を学ぶために殺すこと」をどう受け止めるんだろ。純然たる「食」のための屠畜の見学とは違う、教育のために御膳立てされた死、食わなくてもいい命。
=バックできるのか
食べる魚は3枚におろされて泳いでいると思ってる。そんな子供を増やさないためにも良い教育だと思う。が、教育というなら捌くところから子供達に見せないと意味は無いのかとも思う。
幼稚園児だったら結構まだ残虐だからあっさりできるんじゃないかな、保護者はドン引きで止めるだろうけど…|たぶん愛護が止めそうな気もする。
バカな大人の自己満足。虐待に近い。愛情の対象を殺して食わせるなんて大人でもきつい。俺は毎日スーパーで切り身になっている肉や魚を食べて生きているが何も問題はない
アイガモの屠殺を手伝ったことがある。口にナイフ突っ込んで喉を掻っ切る→動かなくなるまで待つ→洗濯機で洗濯→毛を剥ぐ。
結果が出た頃にもう一度調べる。しかし…これは悪影響を残しそうだな。
実はベジタリアン増加のためのショック洗脳だったりしてな。 / 教育機関でわざわざやるのが現代的。虫取りでもザリガニ釣りでもやらせときゃいつか命を奪うことについて葛藤すると思うけど。
これは逆効果だと思う>「普段食べている肉は大切な命だということを教えたい」
幼稚園の頃、展覧会のためにみんなで紙で大きなゾウ作った。展覧会が終わって後片付けをするとき、みんなでよってたかってそれを壊した。「ゾウさんがかわいそうだ」と、僕は泣いた。アイガモだったら泣き死ぬかも。
手塩にかけて育てた訳ではなく放しただけだから、園児は意外とクールに受け止めたりして
そんな経験してる奴は園児の祖父の代まで遡っても少数派だろ。園児を使った人体実験にしかみえない。
「自分で育てて食べる」教育がもてはやされるのに、どうして実際に食卓を支えている生産ラインはこんなにも無視され続けるのか。それも食じゃないの?
たしかに時期が早い気がする。小学生になってからでもいいのでは。ま、しないよりは絶対いいと思うけど。「いのちの食べかた」を中学生くらいに見せたいな。
「一度愛玩動物みたいに育ててそれを食うっておかしいだろ」
これ自体はすばらしい教育だと思う。あまりに見出しがアートだが。
「「元気に育ってね」じゃなくてせめて「おいしく育ってね」だったらなー 」
普通に自宅の鳥等を〆てた世代の人にも「子供のころ、かわいがってた鳥を食べたといわれてから鳥が食べられない」という人はわりといるので、一歩間違うと大変なことになりそう。易な真似は
脂の乗った鴨は美味いからねぇ。煮てよし、焼いてよし。園児もきっと奪い合って食べるだろうな。いい教育だ。
痛いニュース(ノ∀`):「元気に育ってね」 園児がアイガモ40羽放す 秋には園児に食べさせる予定
これって命とか食べ物の大切さが分かるか、動物アイゴー主義者になるか、一か八かだと思うんだけど……
こういう掲載者側が方向性を見極め切れていないエントリを見ると、ネタが無い日だったんだなと微笑ましく思う
その後の園児「電池入れたら生き返るんでしょ」「リセットボタンはどこ?」 こんな流れになるんですね、分かります
愛玩と食用の違いを知る事。犬を食用にする文化やクジラを食用にする文化などとも共通する感情的な意見の対立?動物の「種類」ではなく、人が何の目的で飼育するのか、何の目的で捕獲しているのか。愛玩の豚は食わぬ
元記事は「食べさせる」としか書いていないので、どのように見せるかはわからない。食育として必要だとは思うが、園児に行うのは少し早いかもしれない。
ウィキペディアにもあるように合鴨は交雑種だから、放鳥もできないし、あとは食べる(か寿命まで飼うか)しかないんだよね/鴨南蛮食べたくなった!
宙くん(てか宇宙とかいてそらだろJK)は毎年喰っているのか?とか。ニッチはステーキを最終的に喰うのか問題とか。
美味ければいいんじゃね?
※このあと、スタッフがおいしく食べてしまいました
絶望した! ハードランディング社会に絶望した!!
愛情を持って育てた動物を殺させるのは残酷って意見は分かるけど、これだけの記事から愛情を持って育てたかどうかは読み取れないような。/こういう経験は早い方がショックは少ないと思う
「死んだアイガモはアイガモじゃない、アイガモの形をした肉だ」λ<シンイチ… / 「教育」で伝わるのかね、こういうのって。殺す必然性が理解されないと思う。つか俺にも理解できんわ。
園児には早過ぎるかもしれないけれど、必要な教育。例えば牛丼を食べる時に屠殺場をイメージ出来るか否かで人間の幅が決まる。
一概に悪いとも言えないが、あまり直接的に見せるのはどうかと思う。体も大人になってくる思春期くらいが適当じゃないかなあ。
都市部の人間は生物をペット扱い(花、野鳥)と害虫扱い(ミミズなど含む)のどちらかしかできない人が多い。田園地帯の人間にはそこに食い物扱いするかを加える。要するに都市民になるかどうかが教育で分かれる
20年後の昼飯時に鴨南蛮ソバすすりながら「あーそーいえば幼稚園であんなことやらされたわー」とかつぶやいて同僚のウケとってそう。
ヘンな"トラウマ"にならないよーに、ね。
まさに痛いニュース
.>>450に同意。いい年した農家のおっさんなのに、農法で導入したアイガモに愛着が沸いて屠殺出来ずに飼い続けてた知り合いがいる(成鳥は苗を倒すので農法では使い物にならない)。大人でもそうなのに園児はどうよ?
相手が子供でも大人でもまず、ペットのつもりで育てるのか家畜のつもりで育てるのかを事前に説明してるかどうかで問題になるかそうでないかが分かれると思うんだが、そこんところどうだったんだろうか?
地元で上映された映画「いのちの食べかた」は小学生以下保護者同伴だったのだが…
「ゆっくり育ってね!」→「ゆっくり育った結果がこれだよ!」
これはデリケートに扱わないと後で何言われるかわからん。
親は鶏を家で飼って食べた世代だが、血抜きする場面を見せられたことはなかったそうだ。小さな子どもには、命の大切さとかいう抽象概念を教えるより、出来上がったお米が美味しいね、という体験で十分に思える。
まあ、良いんじゃないのかね。
タフでなければ、生きていけない。 / 大きくなったからって耐性ができるもんでもなし。小さいうちに体験しとくのも大切かも。
ナイーブ過ぎる反応ばかり。
「虫が怖くない」みたいな感じで子どもの方が平気だったりして。
「いただきます」の大事さを知る為には必要かな。が、事前教育も無しでは…幼稚園児には酷だ… / 富士そばの鴨せいろも、田んぼで働いてたアイガモさんの(ry
幼くてまだ理解できないのではって意見があるけど、命の問題は理解ではなくて感じる事が大事じゃないかなあ。「なぜ殺してはいけないの?」という問いは、死すら理解できるものだって教育されてるからじゃないの?
これで肉食えなくなることは不幸なことなの?汚いものも見て、自分の立場を明確にしていくことは重要。園児だからこそ率直な態度が現れる。悪いことではないと思う。
元記事の善し悪しは分からないが/ペットも身内も亡くした事がない人は命の重みが分からないとか子供に命の重みを教えてやるとか不遜な人間に腹が立つ。どうしてそこまで自分の生命観に自信が持てるんだ?
鳥ぐらいなら俺は許容範囲内だがなあ。
単に切り身を出して「これがあの合鴨です」と教えるのか、解体するところから見せるのか。何れにしても、幼稚園児に教えることじゃ…
教えるべきは「命の大切さ」ではなく「なるべく奪わない」事と「生きる為に仕方なく奪ったなら大切にする」事。
いい教育だとは思うけど、これでショックを受けてしまう子供を無視してほしくは無いと思う
幼稚園児には重すぎじゃね?大人でも加工工程見たらげんなりな国なのに。
論争になりそうなネタだなぁ。私的には、園児の子供心にこの教育は弊害が強すぎそうで、あまり諸手を上げて賛成はできない
シタン先生こそ真の鬼畜……!!
元気に育ってね!!!!!!!
「片桐さんは、今秋にも役割を終えたアイガモを園児に食べさせる予定」ちょww、片桐さんwww
僕の両親は、3歳くらいで鶏を屠るところを見てるけど、健全に育ってます。/競馬バカの僕に子供が出来るようなことがあったら、きっと3歳くらいには、走れないサラブレッドがどうなるかを覚えるだろうなぁ…
かわいい動物もぶつ切りにして食べます!ってのと今までかわいがって育てたのを食べちゃうのとは違うと思うんだけど。封神演義の伯邑考ばり。後日園児がこの保育園を焼き討ちにするために挙兵します。
「可愛がった奴ほど2度とカモが食えなくなるな」「食べる」って禁忌的な感情と強く結びつく。愛玩と家畜、育てる上でのある種の割切りを教えるのが先かも。精神防衛上。
こういう教育って小さけりゃ小さい時ほど効果的なのかも
良い教育とか言ってる奴は愛着を持っているか否かを考えてるのか?極限状態でもないのに愛着のある動物を平気で食えるやつは間違いなくやばいだろ。普通、愛着のある動物は家族と同じくらいの感情を持つと思うのだが
Pちゃん!
勇気があれば合鴨食える
「今日から俺は」に似たようなエピソードがあったな。屠殺場見学よりはマシと思っておこう。ほれ、これ持っていけ〜と笑顔で血のしたたる臓物をくれたおっさんは元気でやっているかなぁ…。
DASH村の語られない真実//トラウマじゃなくてカモ(゚д゚)ウマーで終わるといいね
田舎じゃ結構鶏とかくびり殺すの普通だけどね。こんな事ぐらいで傷つくとか言ってる奴らが俺は心配だw
アイガモ農法っていえば鉄腕DASHで使うアイガモが毎年ヒナなんだけど、年越したあとどうなっているのか気になるのだが。やっぱT○KI○が食べるの?そんでそこは放送しないの?TV局のエゴだよそれは。
意外に園児はタフなんじゃないかな。 しかし美味そうな話
「食肉処理」をブラックボックス化させる風潮はどうかと思う。だが一方で、幼稚園児らにそういう体験をさせるのも、ちと早い気はする。せめて釣った魚とか、そういうレベルにできないかな…。
いい教育だと思うけど、他の人も言ってるように幼稚園はちょっと早いかも。内容の理解度とか。
こういう教育は必要だとは思うけど、園児にはまだ早い気がするなぁ
問題ない。鶏や牛の屠殺(なぜか変換できない)の光景ぐらい見せとけ。我々の生は死の上に成り立っている。自分なら食べるよ/蛙の解剖を、生きたガマ蛙を我々の手で殺すところから始めさせた教師に自分は感謝してる
まぁ大事だよな。捨てられる食品のなんと多い事か(゚ε゚)
なんとか牧場へ行って牛や羊とさんざん触れ合ったあとでお昼は焼肉よ~、ってのとあまり変わらない気もするけど愛着が違うか。学校で飼育してるウサギや鶏は食わないよね。
こういうことの教育効果を科学的に評価する研究が必要だと思う。でないとおっさんのイデオロギーの押し付けにしかならん。せめて功罪くらいはっきりさせんと。
園内の閉じた世界でないならいいか
※園児が後で美味しくいただきます
個人的には、こういう体験は小さい頃にしておきたいと思いますが、人によっては「無理」でしょうね。。
今でもアイガモの無く声が聞こえるかね、クラリス。
食べちゃいたいほど可愛い合鴨の雛。
タイトルが秀逸
かもー
合鴨は食うしかねえからなあ
園児に対して秋になったらアイガモを食べることやトラウマになる可能性について説明した上で本人が同意するんならいいと思うよ。でなければ大きなお世話であるとしか思えない。
屠殺まで体験させるわけじゃないんなら構わないとは思えるが。
情操教育としてはアリなんだろう。
小学生の時の理科の解剖がトラウマになっていて未だにカエルが食べられません。
いいと思うなー。子供は傷ついて育つよ
アイガモ農法はそういうもの。鮭の稚魚の放流だって似たようなものだけど、魚類と鳥類では印象が違う。/もっと広く考えれば田植えだってそうだけど、植物だとこれまた印象がずいぶん違う。
昔からある農業のスタイルだろ
美味しく頂きました、なお話。/トラウマを全て避けて通るような育て方ってのは、機械人間への道なんじゃないか、と思ったりはする。
鬼畜wwww
2年後そこには「元気に育ってね」とよだれを垂らしながらアイガモを放す園児達の姿があった。
大事な鶏なので40羽放しました/邪気眼教師 vs モンスターペアレント のガチバトルが今から楽しみです
けど実際大事な部分だよな。教え方として適切かどうかは考えないけど、こういうことを学ばせなきゃいけないわけで
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コメント
これはひどい
ちょwww
これはないわー。「命の大切さを教えるため」と言う目標を達成する手段がこれなの?なんで?結局食うんでしょ?なんかフーゾク嬢に説教するオッサンみたいな違和感があるけど上手く言語化できない。
「普段食べている肉は大切な命だということを教えたい」
幼少のころ映画の『ジョーズ』に甚大なショックを受け、以後、イラクの首切り動画含め三次元の人死映像が大好きになった。/id:opochi 書き直し。一般則として、こういう体験に拒絶反応を示した子は、どう扱われるべき?
命や食べ物の大切さを教えるのに、動物の命をわざわざ奪わなきゃ教えられないのか。ということをふと考えた。・合鴨農法を否定するわけではないが。
俺の祖母が鶏肉を食べなかった理由は「かわいがってたヒヨコが鶏になった後に食べるはめになったから」と言ってたんだが…。大丈夫だろうか。
これは・・・
片桐さんドS
園児に絞めさせたりして目覚めたりしない?
いや、片桐さんまったく正しいんだが、なんか笑ってしまうのはなぜだ。世の中にはこういうおじさんもいるって事も学べて一石二鳥?
いや、鶏肉に関しては幼少期に首無し鶏が走るの見たショックで鳥が食えなくなった年配者を何人も知っているから。食肉の罪を体感することを「絶対視」「神聖視」する必要は無いと思う。世代論ももちろん関係ない。
6歳。。。。。。
園児「お前は今まで食べたアイガモの羽数を覚えているのか?」
「時期が難しい」という意見には賛同できるが、最近の子供の食に対する精神の未熟振りを見るに、早くても問題ないかも、とは思う。
それこそ子供の頃から活き作りの刺身を食いまくってきたけど、それがきっかけで「命」について深く考えたことはないなぁ。「新鮮なものは美味い」というのはよく分かったけど。
片桐氏の発言が倒錯しててキモい。自分の下らない思いつきで消費される命を「大切な命」はないだろ。食べ物の大切さって人間の労働が絡んでるからではないの?
コレは泣くだろ園児
便器掃除研修と同じような自己満足っぽさを感じてしまう。この手の教育方法の効果に関する研究とか調査ってないのかな
娘が通う保育園で始めたら普通にヤダ、これ。利用するだけ利用して、最後はおいしくいただきます、って捉え方によっては、食とか命とかじゃなくなってくるだろ。
うーーん。悪い教育ではないと思うのだがやはり園児にはまだ理解できないのでは。
自分が食ってる肉は誰がそだててどうなって皿にのってだけでなく・・・「なぜ自分は生きられるのか」を知るため。
「トラウマ←→教育」閾値理論
id:Louisさん 痛ニュのエントリって所謂「優越感ゲーム」のオススメ素材の案内所みたいな感じで、割と軸のようなものは無い様な気はしています。思想的には案外どうでもいいというか、人が沢山来るネタならいいというか
カワイイ生き物をオイシクいただく。そのギャップを経験させる。別に悪くないと思う。
子供ってのは意外と残虐シーンも平気なもんだよ。自分の食事がどこから来ているのか理解するためにはいいんじゃない?
このぐらいの年齢の子供がこの鴨が食べ物になると理解できるのかな…?まあ、捕まえたりしめたりしてる所とか見せなきゃ平気なんかな。
「生きるために殺すこと」だけでなく、「『生きるために殺すこと』を学ぶために殺すこと」をどう受け止めるんだろ。純然たる「食」のための屠畜の見学とは違う、教育のために御膳立てされた死、食わなくてもいい命。
=バックできるのか
食べる魚は3枚におろされて泳いでいると思ってる。そんな子供を増やさないためにも良い教育だと思う。が、教育というなら捌くところから子供達に見せないと意味は無いのかとも思う。
幼稚園児だったら結構まだ残虐だからあっさりできるんじゃないかな、保護者はドン引きで止めるだろうけど…|たぶん愛護が止めそうな気もする。
バカな大人の自己満足。虐待に近い。愛情の対象を殺して食わせるなんて大人でもきつい。俺は毎日スーパーで切り身になっている肉や魚を食べて生きているが何も問題はない
アイガモの屠殺を手伝ったことがある。口にナイフ突っ込んで喉を掻っ切る→動かなくなるまで待つ→洗濯機で洗濯→毛を剥ぐ。
結果が出た頃にもう一度調べる。しかし…これは悪影響を残しそうだな。
実はベジタリアン増加のためのショック洗脳だったりしてな。 / 教育機関でわざわざやるのが現代的。虫取りでもザリガニ釣りでもやらせときゃいつか命を奪うことについて葛藤すると思うけど。
これは逆効果だと思う>「普段食べている肉は大切な命だということを教えたい」
幼稚園の頃、展覧会のためにみんなで紙で大きなゾウ作った。展覧会が終わって後片付けをするとき、みんなでよってたかってそれを壊した。「ゾウさんがかわいそうだ」と、僕は泣いた。アイガモだったら泣き死ぬかも。
手塩にかけて育てた訳ではなく放しただけだから、園児は意外とクールに受け止めたりして
そんな経験してる奴は園児の祖父の代まで遡っても少数派だろ。園児を使った人体実験にしかみえない。
「自分で育てて食べる」教育がもてはやされるのに、どうして実際に食卓を支えている生産ラインはこんなにも無視され続けるのか。それも食じゃないの?
たしかに時期が早い気がする。小学生になってからでもいいのでは。ま、しないよりは絶対いいと思うけど。「いのちの食べかた」を中学生くらいに見せたいな。
「一度愛玩動物みたいに育ててそれを食うっておかしいだろ」
これ自体はすばらしい教育だと思う。あまりに見出しがアートだが。
「「元気に育ってね」じゃなくてせめて「おいしく育ってね」だったらなー 」
普通に自宅の鳥等を〆てた世代の人にも「子供のころ、かわいがってた鳥を食べたといわれてから鳥が食べられない」という人はわりといるので、一歩間違うと大変なことになりそう。易な真似は
脂の乗った鴨は美味いからねぇ。煮てよし、焼いてよし。園児もきっと奪い合って食べるだろうな。いい教育だ。
痛いニュース(ノ∀`):「元気に育ってね」 園児がアイガモ40羽放す 秋には園児に食べさせる予定
これって命とか食べ物の大切さが分かるか、動物アイゴー主義者になるか、一か八かだと思うんだけど……
こういう掲載者側が方向性を見極め切れていないエントリを見ると、ネタが無い日だったんだなと微笑ましく思う
その後の園児「電池入れたら生き返るんでしょ」「リセットボタンはどこ?」 こんな流れになるんですね、分かります
愛玩と食用の違いを知る事。犬を食用にする文化やクジラを食用にする文化などとも共通する感情的な意見の対立?動物の「種類」ではなく、人が何の目的で飼育するのか、何の目的で捕獲しているのか。愛玩の豚は食わぬ
元記事は「食べさせる」としか書いていないので、どのように見せるかはわからない。食育として必要だとは思うが、園児に行うのは少し早いかもしれない。
ウィキペディアにもあるように合鴨は交雑種だから、放鳥もできないし、あとは食べる(か寿命まで飼うか)しかないんだよね/鴨南蛮食べたくなった!
宙くん(てか宇宙とかいてそらだろJK)は毎年喰っているのか?とか。ニッチはステーキを最終的に喰うのか問題とか。
美味ければいいんじゃね?
※このあと、スタッフがおいしく食べてしまいました
絶望した! ハードランディング社会に絶望した!!
愛情を持って育てた動物を殺させるのは残酷って意見は分かるけど、これだけの記事から愛情を持って育てたかどうかは読み取れないような。/こういう経験は早い方がショックは少ないと思う
「死んだアイガモはアイガモじゃない、アイガモの形をした肉だ」λ<シンイチ… / 「教育」で伝わるのかね、こういうのって。殺す必然性が理解されないと思う。つか俺にも理解できんわ。
園児には早過ぎるかもしれないけれど、必要な教育。例えば牛丼を食べる時に屠殺場をイメージ出来るか否かで人間の幅が決まる。
一概に悪いとも言えないが、あまり直接的に見せるのはどうかと思う。体も大人になってくる思春期くらいが適当じゃないかなあ。
都市部の人間は生物をペット扱い(花、野鳥)と害虫扱い(ミミズなど含む)のどちらかしかできない人が多い。田園地帯の人間にはそこに食い物扱いするかを加える。要するに都市民になるかどうかが教育で分かれる
20年後の昼飯時に鴨南蛮ソバすすりながら「あーそーいえば幼稚園であんなことやらされたわー」とかつぶやいて同僚のウケとってそう。
ヘンな"トラウマ"にならないよーに、ね。
まさに痛いニュース
.>>450に同意。いい年した農家のおっさんなのに、農法で導入したアイガモに愛着が沸いて屠殺出来ずに飼い続けてた知り合いがいる(成鳥は苗を倒すので農法では使い物にならない)。大人でもそうなのに園児はどうよ?
相手が子供でも大人でもまず、ペットのつもりで育てるのか家畜のつもりで育てるのかを事前に説明してるかどうかで問題になるかそうでないかが分かれると思うんだが、そこんところどうだったんだろうか?
地元で上映された映画「いのちの食べかた」は小学生以下保護者同伴だったのだが…
「ゆっくり育ってね!」→「ゆっくり育った結果がこれだよ!」
これはデリケートに扱わないと後で何言われるかわからん。
親は鶏を家で飼って食べた世代だが、血抜きする場面を見せられたことはなかったそうだ。小さな子どもには、命の大切さとかいう抽象概念を教えるより、出来上がったお米が美味しいね、という体験で十分に思える。
まあ、良いんじゃないのかね。
タフでなければ、生きていけない。 / 大きくなったからって耐性ができるもんでもなし。小さいうちに体験しとくのも大切かも。
ナイーブ過ぎる反応ばかり。
「虫が怖くない」みたいな感じで子どもの方が平気だったりして。
「いただきます」の大事さを知る為には必要かな。が、事前教育も無しでは…幼稚園児には酷だ… / 富士そばの鴨せいろも、田んぼで働いてたアイガモさんの(ry
幼くてまだ理解できないのではって意見があるけど、命の問題は理解ではなくて感じる事が大事じゃないかなあ。「なぜ殺してはいけないの?」という問いは、死すら理解できるものだって教育されてるからじゃないの?
これで肉食えなくなることは不幸なことなの?汚いものも見て、自分の立場を明確にしていくことは重要。園児だからこそ率直な態度が現れる。悪いことではないと思う。
元記事の善し悪しは分からないが/ペットも身内も亡くした事がない人は命の重みが分からないとか子供に命の重みを教えてやるとか不遜な人間に腹が立つ。どうしてそこまで自分の生命観に自信が持てるんだ?
鳥ぐらいなら俺は許容範囲内だがなあ。
単に切り身を出して「これがあの合鴨です」と教えるのか、解体するところから見せるのか。何れにしても、幼稚園児に教えることじゃ…
教えるべきは「命の大切さ」ではなく「なるべく奪わない」事と「生きる為に仕方なく奪ったなら大切にする」事。
いい教育だとは思うけど、これでショックを受けてしまう子供を無視してほしくは無いと思う
幼稚園児には重すぎじゃね?大人でも加工工程見たらげんなりな国なのに。
論争になりそうなネタだなぁ。私的には、園児の子供心にこの教育は弊害が強すぎそうで、あまり諸手を上げて賛成はできない
シタン先生こそ真の鬼畜……!!
元気に育ってね!!!!!!!
「片桐さんは、今秋にも役割を終えたアイガモを園児に食べさせる予定」ちょww、片桐さんwww
僕の両親は、3歳くらいで鶏を屠るところを見てるけど、健全に育ってます。/競馬バカの僕に子供が出来るようなことがあったら、きっと3歳くらいには、走れないサラブレッドがどうなるかを覚えるだろうなぁ…
かわいい動物もぶつ切りにして食べます!ってのと今までかわいがって育てたのを食べちゃうのとは違うと思うんだけど。封神演義の伯邑考ばり。後日園児がこの保育園を焼き討ちにするために挙兵します。
「可愛がった奴ほど2度とカモが食えなくなるな」「食べる」って禁忌的な感情と強く結びつく。愛玩と家畜、育てる上でのある種の割切りを教えるのが先かも。精神防衛上。
こういう教育って小さけりゃ小さい時ほど効果的なのかも
良い教育とか言ってる奴は愛着を持っているか否かを考えてるのか?極限状態でもないのに愛着のある動物を平気で食えるやつは間違いなくやばいだろ。普通、愛着のある動物は家族と同じくらいの感情を持つと思うのだが
Pちゃん!
勇気があれば合鴨食える
「今日から俺は」に似たようなエピソードがあったな。屠殺場見学よりはマシと思っておこう。ほれ、これ持っていけ〜と笑顔で血のしたたる臓物をくれたおっさんは元気でやっているかなぁ…。
DASH村の語られない真実//トラウマじゃなくてカモ(゚д゚)ウマーで終わるといいね
田舎じゃ結構鶏とかくびり殺すの普通だけどね。こんな事ぐらいで傷つくとか言ってる奴らが俺は心配だw
アイガモ農法っていえば鉄腕DASHで使うアイガモが毎年ヒナなんだけど、年越したあとどうなっているのか気になるのだが。やっぱT○KI○が食べるの?そんでそこは放送しないの?TV局のエゴだよそれは。
意外に園児はタフなんじゃないかな。 しかし美味そうな話
「食肉処理」をブラックボックス化させる風潮はどうかと思う。だが一方で、幼稚園児らにそういう体験をさせるのも、ちと早い気はする。せめて釣った魚とか、そういうレベルにできないかな…。
いい教育だと思うけど、他の人も言ってるように幼稚園はちょっと早いかも。内容の理解度とか。
こういう教育は必要だとは思うけど、園児にはまだ早い気がするなぁ
問題ない。鶏や牛の屠殺(なぜか変換できない)の光景ぐらい見せとけ。我々の生は死の上に成り立っている。自分なら食べるよ/蛙の解剖を、生きたガマ蛙を我々の手で殺すところから始めさせた教師に自分は感謝してる
まぁ大事だよな。捨てられる食品のなんと多い事か(゚ε゚)
なんとか牧場へ行って牛や羊とさんざん触れ合ったあとでお昼は焼肉よ~、ってのとあまり変わらない気もするけど愛着が違うか。学校で飼育してるウサギや鶏は食わないよね。
こういうことの教育効果を科学的に評価する研究が必要だと思う。でないとおっさんのイデオロギーの押し付けにしかならん。せめて功罪くらいはっきりさせんと。
園内の閉じた世界でないならいいか
※園児が後で美味しくいただきます
個人的には、こういう体験は小さい頃にしておきたいと思いますが、人によっては「無理」でしょうね。。
今でもアイガモの無く声が聞こえるかね、クラリス。
食べちゃいたいほど可愛い合鴨の雛。
タイトルが秀逸
かもー
合鴨は食うしかねえからなあ
園児に対して秋になったらアイガモを食べることやトラウマになる可能性について説明した上で本人が同意するんならいいと思うよ。でなければ大きなお世話であるとしか思えない。
屠殺まで体験させるわけじゃないんなら構わないとは思えるが。
情操教育としてはアリなんだろう。
小学生の時の理科の解剖がトラウマになっていて未だにカエルが食べられません。
いいと思うなー。子供は傷ついて育つよ
アイガモ農法はそういうもの。鮭の稚魚の放流だって似たようなものだけど、魚類と鳥類では印象が違う。/もっと広く考えれば田植えだってそうだけど、植物だとこれまた印象がずいぶん違う。
昔からある農業のスタイルだろ
美味しく頂きました、なお話。/トラウマを全て避けて通るような育て方ってのは、機械人間への道なんじゃないか、と思ったりはする。
鬼畜wwww
2年後そこには「元気に育ってね」とよだれを垂らしながらアイガモを放す園児達の姿があった。
大事な鶏なので40羽放しました/邪気眼教師 vs モンスターペアレント のガチバトルが今から楽しみです
けど実際大事な部分だよな。教え方として適切かどうかは考えないけど、こういうことを学ばせなきゃいけないわけで