おれのことか。
education
子供の不器用なコミュニケーション手段についての親の理解と,それに準じた対応が子供を育てるという話。「甘やかす/甘やかさない」という2元論と捉えがちなネタだけれども,根底は「豊かな対話」の有無だよね。
親の人は、なんでシャベルが欲しいのか、欲しいのはシャベルだけなのか、そこを聞いてあげて欲しいなぁ。
子供が「シャベルを欲しい」という。子供が本当にシャベルを欲しい場合と、母親の関心を引くためにわがままを言っている場合と二つある
子供が「シャベルを欲しい」という。子供が本当にシャベルを欲しい場合と、母親の関心を引くためにわがままを言っている場合と二つある。本当にシャベルを欲しい場合には与えることが望ましいのは勿論である。
「子供をスポイルするのは親の無関心である。」/加藤先生の論理展開を理解するのは、僕には苦手。ブクマコメ書いてる人達、みんなよく理解できるなぁと感心する。加藤先生の文章の読み方を誰かレクチャしてほしい。
「親の注意を得たいときに親の注意を得られなかった。そこで大人になっても甘えの欲求が満たされていなくて暴れまわっているのである」となると殴りつけるか見捨てる以外に処置なしって事になるけど、そうなのかな。
ただし、「”親子”と言う社会を見限って早期に自立する子供」と言う方向に育つ場合もある。
その通りである。/要するに、親は子の気持ちを深いところで受け止めようということ。
で、子供に「ちゃんと関心を持つ」のはそれなりにエネルギーが要りそう。
親の関心を得られないから自分で自分に関心を持つナルシシストになるとする点、「自分に眼を向けて欲しいと言う甘えの欲求」という考えを満たすことの重要さ、「不安なしがみつき」の理屈など思うところ多くブクマ。
この人のラジオの人生相談の迫力はすごかった。みのもんたが裸足で逃げ出す位熱いネゴシエーションだった。いまでも強烈に覚えている。神ですな。
要するに真の意味での愛情要求が満たされなかったという事だな。http://tspsycho.k-server.org/books/n0707/10.htm
また加藤諦三か。加藤諦三は青少年保護育成条例による漫画規制・表現規制を政策決定した「東京都青少年の性行動について考える委員会」の委員長 http://www.metro.tokyo.jp/INET/KONDAN/2004/09/40e9f200.htm
甘やかし方[education][これはすごい][なるほど][教育][読み物][心理]
あとで読む
しっかり関心を持ちつつ甘やかせと
愛情のある甘やかしと愛情のない甘やかしの弁別は誰にでも自明?
結構古い記事だが面白い。ただ、欲しいから無条件に与えるというのもどうなのかな。物を与える条件を課して、条件をクリアしたら対価として与える、というのも必要なんじゃないかと思うんだけども。
なるほど
わがままは本当にそれが欲しい場合と関心が欲しい場合がある
こういうのが突如発掘されてくるあたりがはてなは面白いなぁ。あ、もちろん、内容自体も面白い。
ほーーー。
要求してもいないのに管理不能な量の衣類を押し付けられて途方にくれてたなあ。
俺もそう思う。しかられて育った人間はどこかゆがんでいる
子供の物欲は限りがないと思っている人はもう一度よく読んでみよう。/子供が何を求めているかを見極めるためにはいつも子供に関心を向けていないといけないわけで。
「甘やかすな」という表面的な言葉が甘えた人間を作り出していく無限ループ。他所の親に対して決して安易に「子どもを甘やかしすぎ」なんて言ってはいけない。
子供が欲しいのは共感とか一体感、コミュニケーションなんだと思う。要はさびしいだよ。
親の無関心が子供をスポイルするには同意するけど、きちんと関心を示しても、子供の物欲は限りない。子供を甘やかしすぎるとスポイルするよ。
随分前から言われているけど一向にこの考え方が広まらない。自分もこの意見に大賛成だけど、周りに同意してくれる人は少ない。特に年配の方々は少し子供が騒ぐだけで「甘やかしているから」という。
ボウルビーは何故か邦訳があまり多くないが、結構おいしい研究をしている。頭に入れておくと吉。
甘やかし方にもよるのだが「子供をスポイルするのは親の無関心である」には同意。
なんにせよ関心を向けて、我が子を愛せよってことね。
”この人は自分に眼を向けて欲しいと言う甘えの欲求が満たされないから、その様に社会性のない大人になったのである。”子供には、親の関心が不可欠。
なるほどなー。問題はそれをどうやって判別するか。
一歩進んだ、甘えに対する認識。
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おれのことか。
education
子供の不器用なコミュニケーション手段についての親の理解と,それに準じた対応が子供を育てるという話。「甘やかす/甘やかさない」という2元論と捉えがちなネタだけれども,根底は「豊かな対話」の有無だよね。
親の人は、なんでシャベルが欲しいのか、欲しいのはシャベルだけなのか、そこを聞いてあげて欲しいなぁ。
子供が「シャベルを欲しい」という。子供が本当にシャベルを欲しい場合と、母親の関心を引くためにわがままを言っている場合と二つある
子供が「シャベルを欲しい」という。子供が本当にシャベルを欲しい場合と、母親の関心を引くためにわがままを言っている場合と二つある。本当にシャベルを欲しい場合には与えることが望ましいのは勿論である。
「子供をスポイルするのは親の無関心である。」/加藤先生の論理展開を理解するのは、僕には苦手。ブクマコメ書いてる人達、みんなよく理解できるなぁと感心する。加藤先生の文章の読み方を誰かレクチャしてほしい。
「親の注意を得たいときに親の注意を得られなかった。そこで大人になっても甘えの欲求が満たされていなくて暴れまわっているのである」となると殴りつけるか見捨てる以外に処置なしって事になるけど、そうなのかな。
ただし、「”親子”と言う社会を見限って早期に自立する子供」と言う方向に育つ場合もある。
その通りである。/要するに、親は子の気持ちを深いところで受け止めようということ。
で、子供に「ちゃんと関心を持つ」のはそれなりにエネルギーが要りそう。
親の関心を得られないから自分で自分に関心を持つナルシシストになるとする点、「自分に眼を向けて欲しいと言う甘えの欲求」という考えを満たすことの重要さ、「不安なしがみつき」の理屈など思うところ多くブクマ。
この人のラジオの人生相談の迫力はすごかった。みのもんたが裸足で逃げ出す位熱いネゴシエーションだった。いまでも強烈に覚えている。神ですな。
要するに真の意味での愛情要求が満たされなかったという事だな。http://tspsycho.k-server.org/books/n0707/10.htm
また加藤諦三か。加藤諦三は青少年保護育成条例による漫画規制・表現規制を政策決定した「東京都青少年の性行動について考える委員会」の委員長 http://www.metro.tokyo.jp/INET/KONDAN/2004/09/40e9f200.htm
甘やかし方[education][これはすごい][なるほど][教育][読み物][心理]
あとで読む
しっかり関心を持ちつつ甘やかせと
愛情のある甘やかしと愛情のない甘やかしの弁別は誰にでも自明?
結構古い記事だが面白い。ただ、欲しいから無条件に与えるというのもどうなのかな。物を与える条件を課して、条件をクリアしたら対価として与える、というのも必要なんじゃないかと思うんだけども。
なるほど
わがままは本当にそれが欲しい場合と関心が欲しい場合がある
こういうのが突如発掘されてくるあたりがはてなは面白いなぁ。あ、もちろん、内容自体も面白い。
ほーーー。
要求してもいないのに管理不能な量の衣類を押し付けられて途方にくれてたなあ。
俺もそう思う。しかられて育った人間はどこかゆがんでいる
子供の物欲は限りがないと思っている人はもう一度よく読んでみよう。/子供が何を求めているかを見極めるためにはいつも子供に関心を向けていないといけないわけで。
「甘やかすな」という表面的な言葉が甘えた人間を作り出していく無限ループ。他所の親に対して決して安易に「子どもを甘やかしすぎ」なんて言ってはいけない。
子供が欲しいのは共感とか一体感、コミュニケーションなんだと思う。要はさびしいだよ。
親の無関心が子供をスポイルするには同意するけど、きちんと関心を示しても、子供の物欲は限りない。子供を甘やかしすぎるとスポイルするよ。
随分前から言われているけど一向にこの考え方が広まらない。自分もこの意見に大賛成だけど、周りに同意してくれる人は少ない。特に年配の方々は少し子供が騒ぐだけで「甘やかしているから」という。
ボウルビーは何故か邦訳があまり多くないが、結構おいしい研究をしている。頭に入れておくと吉。
甘やかし方にもよるのだが「子供をスポイルするのは親の無関心である」には同意。
なんにせよ関心を向けて、我が子を愛せよってことね。
”この人は自分に眼を向けて欲しいと言う甘えの欲求が満たされないから、その様に社会性のない大人になったのである。”子供には、親の関心が不可欠。
なるほどなー。問題はそれをどうやって判別するか。
一歩進んだ、甘えに対する認識。